何か記録して思う出来事や印象に残った記事などがあったときに,書く日記です.できるだけ毎日書こうと思っていますが,そのときの忙しさなどなどによって変わると思います.

2010年12月30日木曜日

今年をふりかえって

今年1年を思い起こしてい見ると,いろいろなことがあった.

なんといっても一昨年8月の初めから今年の8月末まで米国に滞在することができたことは,貴重な経験だった.Brigham Young大学では,Sederberg先生以外には,わずかな人とだけしか知りあえなかったけれども(Sederberg先生一人で十分すぎるけれども),今年は,世界のいろいろな人たちと親しくなることができたように思う.

今まで,国際会議に参加して,そこで発表したことに興味を持ってくれた先生などなど,世界の何人かの研究者の方たちと親しくなれたことは非常に大きい資産になったように思う.

ここ最近,英文論文の査読数が少しずつ増えてきた.また,ここ数日は,メールのうちの半数くらいが外国の方と英文でのやりとりだ(しばらくたてば,日本語だけにもどると思うが).

また,国内の学会関係の仕事なども,いくつか仰せつかることになった.僕に,声をかけて頂けることにとても感謝をしている.

しかし,一方で,研究以外の仕事が以前に比べて急増しているように思う.こういう状況の中でも,研究は続けているけれども,一時期のようなパワーはだせない気がする.しかし,無理をせずに,できる範囲で,しっかり研究を進めていくことが,来年の自分には大切だと考えている.

来年は,踏ん張りどころである.

2010年12月21日火曜日

帰国

昨日(月曜日),午後の便で,無事に帰国しました.

日曜日には,渡航書の申請用の写真を撮りにいきましたが,写真屋さんを探すのに一苦労でした.もう,これ以上のトラブルにあいたくなかったので,日曜日はホテルでじっとしていました.

月曜の朝は,朝早くでてタクシーで日本大使館に向かいました.無事,日本大使館についたのですが,僕の目指すべきは近くにある領事館です.しかし,地図がよくわらからなくてだいぶ歩きました.しばらくしたら,領事館のあるビルの名前が目につき,なんとか無事に到着です.領事館では,比較的スムーズに事が進み,1時間くらいで渡航書をもらえました.

渡航書をもらってから,すぐに金浦空港に向かいました.タクシーの運転手が,英語が分からない時のことを考えて(けっこう,通じなくて困ったことが多かったので),ホテルの人に「金浦空港,国際ターミナル」と韓国語で紙に書いてもらっていました.これが功を奏したのか,スムーズに金浦空港につき,午後の便で帰国することができました.

今日(火曜日)は,各所にご迷惑をおかけしましたとお詫びに行きました.
でも,学生たちといろいろ話して研究を進めていく過程で,仕事に集中していくことができました.

2010年12月18日土曜日

帰国のはずが...

本来ならば,今日(土曜日)の夕方の便で帰国するはずだった.

朝,部屋で少し仕事をしたあとに,パスポートを確認しようとカバンの中を見ると,なんとパスポートが......ない!!!!

とりあえず,カバンやスーツケースの中身を全部とりだして調べるが,ない.ソウル国立大にある可能性が一番高いと思ったので,ソウル国立大の先生にご迷惑ながら電話をさせて頂いて,タクシーで大学へ向かく.立ち寄った部屋をすべて確認したけれどもなかった.そして,今度は,SIGGRAPH ASIAの会場であるCOEXへ行く.しかし,渋滞のためタクシーがなかなか進まず,刻一刻とソウルを出なければならないリミットの午後1時が迫ってくる.午後1時少し前に,COEXに着き,1階のInformationとSIGGRAPH ASIAのLost and Foundでパスポートの落し物がなかったか聞くが,ないとのこと.この時点で,帰国できないことが完全に決まってしまう.

おかしい...もし,落としているんだったら,この2か所のどちらかにあるはずだ.この2か所以外では,カバンは開けていない.もしかすると自分の知らない間にスリにあってしまったのかもしれない.

とりあえず,飛行機の変更の電話をして,ホテルの延泊の手続きをし,旅行保険の会社に連絡をする.こういったトラブルも旅行会社では想定内のようで,72時間まで自動的に保険が延長されるそうだ.日本大使館に電話をするが,土日は空いていないため,月曜日に行かなくてはならないことを知る.

渡航書(パスポートの変わりに帰国に必要な書類)の取得のためには,警察の書類が必要になることを知り,ホテルの人に警察に電話をしてもらう.しばらくすると警察官が来て,パトカーで交番(?)に行き,書類を作ってもらう.パトーカーの後部座席って,外から開けてもらわないと出られないようになっていることを初めて知る.日本もそうなのだろうか.結構時間がかったが,無事にpolice reportをもらう.

とりあえず,早く日本に帰国したい.

2010年12月17日金曜日

ソウル国立大学で講演


朝は,下の写真のように雪が降っていて,ちょっと不安になったが,すぐにやんだ.COEXは,SIGGRAPH ASIAの会場.お昼すぎまで,SIGGRAPH ASIAの講演を聞き,夕方,ソウル国立大学(Seoul National University)に行く.



地下鉄に乗るのは不安だったけれども,券売機に日本語の表示もあり,無事に乗ることができる.電車の中の液晶ディスプレイ(英語表示もでる)が降りる駅をちゃんと教えてくれた.

ソウル国立大の駅から大学まで無料のシャトルバスがあるのは知っていたのだけれど,時間があったので大学まで歩く.しかし,かなりの距離があり,着いた時にはへとへと.下のような楕円柱の建物がありなんだろうと思ったが,プールなどのスポーツジムがあるそう.




CADIT Lab.のある建物に着いてから,ロッテの名前のついた建物に行き,そこで講演.1時間くらいということだったのだけれども,質問を受けながら1時間半くらい話す.僕の研究に興味を持ってくれているのは大変うれしいことだ.僕の知っていることは,ほとんど話してきたので,advantageを保つためには,新しいことをしなければいけない.これを,僕のmotivationとしたい.下の写真は,講演する私.




講演終了後,韓国の焼き肉のお店に連れていってもらう.僕の恩師の先生の曲線・曲面の本をご存じで,「えー,この先生のところで博士をとったの」とちょっとびっくりされる.恩師の先生の本,読まれているんだなぁと感じる.

韓国の受験戦争の激しさは日本のテレビでも伝えられているけれども,ソウル国立大の学生はとてもしっかりしていると言っていた.うらやましい限りである.

ソウルへ立つときに羽田空港で送ったメールが発端で,講演させてもらう機会に恵まれ,僕自身にとってもよい励みになる.改めて,もっとよい研究をしようと思う.

2010年12月16日木曜日

ソウルに到着し,SIGGRAPH ASIAに参加

SIGGRAPH ASIAに参加するために,水曜日の夜の飛行機でソウルへ行く.
向かい風でソウルへの到着が遅れ,タクシーの運転手がホテルを間違え(部分的なホテル名は合っていたのだけれど),夜の12時過ぎにホテルに到着する.(結局,もう一度タクシーに乗る)

羽田空港で,僕の論文が欲しいと連絡のあったソウル国立大学の方に,これからソウルに行きますとの連絡をしたら,招待してくれることになり,急遽,明日(金曜日)の夕方にソウル国立大学に行くことになる.いや,こんなことになるんだったら日本のおみやげのひとつでも買っておくんだった.

木曜日は,朝からセッションに参加.いくつかおもしろいと思うものがあった.Exhibitionに日本の大学の参加がいくつかある.なんでも,質の高い学生が来てくれることを期待しているそう.日本の会社でも,日本人の新規採用を1/3程度にしぼり,他は近隣諸国の優秀な人をという話があったけれども,大学も例外ではないのかもしれない.

ホテルの部屋に,携帯電話があり,通話料(韓国内は1分30円くらい)だけ払えば自由に使うことができる.これはちょっと便利だ.早速,ソウル国立大学の方との連絡に使う.

ソウルは寒い.着いた日(水曜)の夜は,耳が引き裂けそうなくらい寒かった.

2010年12月13日月曜日

特別講義(エージェントベースの社会シミュレーション)

今日は,大学院の特別講義「エージェントベースの社会シミュレーション入門-ビジネス複雑性下での意思決定支援」を聞く.

まだ学問分野が十分に確立されていない中を,いろいろと模索されながら,新しい考えを提案されているところが,すばらしいと感じた.また,現実世界でのデータが取れないような対象に対して,virtual groundingの手法を提案されているのは,興味深く感じた.

僕自身が普段疑問に思っていることが,明確に説明されていて,だいぶ僕自信の疑問が解決しました.

以下は,(僕自身の理解による)自分のためのメモ.

・社会シミュレーションでは,Abstrast性を考慮しながら,現実との対応を考えることが重要.

・社会シミュレーションは,予測をするのではなく,可能な未来像の範囲を提示するものである.

・シミュレーションのモデルは,Abstract Model, Middle Range Model(abstractおよびfacsimile以外のモデル), Facsimile Model(現実との対応が取れるモデル)の3段階に分けることができ,この段階で考えていくことが重要.

・社会シミュレーションを行う場合には,何をシミュレーションしたいのかを明確にし,どの現実のコンポートネットを利用するか(逆に言うと切り捨てるか)ということがとても重要である.全てを持ってくることはできない.


ちょっと,こういう研究にも手を出してみたいと思いました.(しっかりした学生がいればだけど)

2010年12月9日木曜日

読むだけですっきり分かる日本史

僕は,中学・高校生だった頃,本当に歴史が苦手だった.

英語を勉強し始めた頃からだろうか,あんなにきらいだった歴史にも少し興味を持つようになった.
先週末に,何か本が読みたくなり,本屋さんで本を探していたら,タイトルの本を見つけた.

読みやすいし,よく分かる.中学時代に言葉の羅列だけで(僕がそう感じただけかもしれないが),よく分からなかったことがよく分かる.こういう本を中学の頃に読んでいれば,もう少し社会も好きだったかもしれない.いや,あのころは数学と理科と英語にしか興味なかったかな.

往復約2時間近くの通勤時間(乗換が2回あるけれど,ラッシュとは逆方向なので比較的すいている)は,大切な読書の時間.最近は,kindleでThe Goal,週刊誌,タイトルの本などなどを,その時の興味で読んでいる.学生に説明している研究内容がその時はよく分からなくて,帰宅中の電車の中で理解できて翌日説明するなんてこともある.通勤時間は,僕にとって大切な時間だ.

2010年12月4日土曜日

学術講演会

今日は,学部内の講演会である学術講演会だった.

学科の院生が主な発表者だったのだけれども,いろいろ学ぶことができて勉強になった.
僕のところの学生は,一人は学会発表を多く経験しているし,もう一人は他大学の先生のところでもまれているので,二人ともしっかり発表していたように思う.もっとも,上を見たら,まだまだやるべきことは山のように残されていると思う.

来週には,複数の大学との合同中間発表会があるので,ぜひまた頑張って欲しい.(残念ながら,僕は学内の仕事で参加することができないのだけれど)

子供がインフルエンザにかかってしまい家の手伝いをするために,夜の懇親会は残念ながらパスしてしまう.しかし,この時期,教員にとってはインフルエンザになんかかかっていられない状況である.でも,万が一かかったら,学生にはうつしてはいけないので,休まなければならない.ともかく,インフルエンザにかかったり,風邪をひかないように願うのみである.

2010年12月1日水曜日

1枚のDVD

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が毎年,元旦に行うニューイヤーコンサートの会場である,ウィーン楽友協会の大ホールに行ってきたという友人の話を聞き,小澤征爾氏が2002年のニューイヤーコンサートで,指揮をしたときのDVDを久しぶりに見てみた.


音楽の専門家ではないけれども,すばらしい音楽と映像だと思う.でも,それ以上に,世界の舞台で活躍している小澤征爾氏が輝いているように思う.学生だった頃,「ボクの音楽武者修行」など何冊かの小澤征爾氏の本を読んで,はかなくも自分の未来を期待していた頃のことが思い出される.


ニューイヤーコンサートの指揮を日本人がするなんてすばらしいと話題になり,その話題になって買った1枚のDVDだけれども,なんだかこの1枚のDVDに対する思い入れが少し深まった気がする.